数あるゲーセンの中で一番通った店舗。
まさか閉店する日が来るとは夢にも思わなかったよ。
初めてここを訪れたのは10年以上前、jubeatにハマっていた学生時代。
ラウワン梅田と並んでよく足を運ぶゲーセンの1つという感じで、特にお気に入り店舗という訳ではなかった。指はメンテの店舗差がほぼ無いゲームなので、地元や大学近くで遊ぶことの方が多かった記憶。当時はまだゲーセンもたくさん残ってたな。
2012年5月22日 jubeat copious 天体観測(EXT) EXC
残っている一番古いリザルトがこれ。Aメロに光らせ辛い難所があり、Lv.5ながらEXCに苦戦したのが印象に残っている。
ちなみにこの頃はjubeatとIIDXが並んでLOFT側の窓際に設置されていた。最終的に8台設置になったIIDXだが、当時は半分の4台。指とリフレクが大人気ゲームだった時代である。
この1ヶ月後に弐寺erとなり、メンテの良いアム茶が徐々にお気に入り店舗となっていく。
2014年4月19日 IIDX21 SP七段 合格
アム茶で取得した初めての段位は七段。サファリをこじらせ、八段に受かった状態での初合格という苦い思い出。当時は就活中で、スーツ姿で面接帰りによく通ったものだった。
この頃のアム茶は大半がブラウン管筐体で、"ブラウン管の聖地"と呼ばれていた。遅延の少ないブラウン管を支持する派閥がまだまだ多かった。
翌年、就職後は勤務先が神戸になり、アム茶から足が遠のくことになる。
2020年10月3日 IIDX27 灼熱Beach Side Bunny(A) ハード
2019年、平成が終わる直前に転職。勤務先が大阪となり再びアム茶に通う日々が始まった。年末に梅田近辺へ引っ越してからは一層熱が入り、閉店直前までプレーして自転車で帰ることも珍しくなかった。当時の段位は中伝。なかなか皆伝に合格できず悔しさでいっぱいの時でもアム茶は常に歓迎してくれた。
この数年前から梅田界隈のゲーセンは閉店ラッシュで、IIDXが遊べる場所はラウワン、タイステ、アム茶の3店舗しか残っていなかった。当時はひどく絶望していたが、その時代を羨ましく思う日が来るとは。
2021年4月19日 IIDX28 SP皆伝 合格
2021年1月にタイステ梅三小路が閉店。そこからアム茶以外のゲーセンに行くことは無くなったように思う(軽鍵盤好きの自分にとってラウワンは辛かった)。
長引くコロナ禍で大手が営業自粛に追い込まれる中、粘り強く営業を続けていたのが印象深い。皆伝に初合格した2021年4月はまさに蔓延防止措置の期間中で、アム茶が営業していなければ皆伝に受かることは無かったかもしれない。
カードコネクト 段位認定証書
その後も弐寺は続けていたが、2022年に結婚してからは徐々に足が遠のくようになっていった。2作連続で皆伝を取ることができ、目標を見失ったのも大きいと思う。
IIDX30 RESIDENTに至ってはまだ70クレ程度しかプレーしておらず、もう復帰することは無いかもしれない……と思い始めていた矢先、アム茶の閉店告知があった。
2023年6月10日 jubeat Ave. HEAVENLY MOON(EXT) EXC
2023年6月16日 jubeat Ave. Sweet Rain(EXT) EXC
閉店までの期間は出来るだけ通い、クレジットを落とした。jubeatに向かい、思い出を噛みしめるようにcopious以前の曲ばっかりプレーしていた。Sweet Rainを10年ぶりに再エクセできたりと嬉しい収穫もちらほら。
閉店告知後も平日はほとんど人の姿が無く、現代におけるゲーセンの在り方を考えさせられるような光景だった。
2023年6月25日 営業最終日のアム茶
ラストを見届けるため、最終日は21時半頃に訪れた。コンビニでハイボールを買い、アム茶の最期の輝きを見ながら一人献杯を捧げた。
マスコットのうさおくんとツーショット
店内の混雑は想像以上で、2階の床が抜けないか心配になるほどだった。こんなにもアム茶を愛する人がいたことに嬉しい気持ちになった。
2023年6月25日 IIDX30 THANK YOU FOR PLAYING(A) ハード
最後に1クレだけ弐寺をプレーして締めくくり。今まで本当にありがとう。
ちなみにアム茶の弐寺ラストランナーは「走馬灯」。ナイス選曲でした。
店員さんの挨拶
最後に店員さんから挨拶があり、アミュージアム茶屋町店は25年の歴史に幕を下ろした。BEMANIに出会ってから自分の中でずっと続いていた青春時代にピリオドが打たれた気がした。
あっさり解散しそうな空気だったところ、1人のお兄さん(@HALknn)の声かけで集合写真を撮ることになった。ファインプレーに感謝。
アム茶を支え続けてくれた店員の方々、アム茶を愛した全ての人達、ありがとう。
さようなら。